『失われた伝説(ゆめ)をもとめて』

 先日撮影会でお世話になったモデルさんの、本日のブログタイトルが、『琥珀色の男の夢、どこに』だったので、気持ちパクったemoticon-0136-giggle.gif

 “機甲創世記・モスピーダ”のOP曲:『失われた伝説(ゆめ)をもとめて』の歌詞からの引用ですが、この曲非常にいい曲なので、よくカラオケで歌います。

 モスピーダのエピソード自体はまるで覚えてない。初回はたしか友人達と公民館かなんかでオンエアーを見た気がする。バイクが変形してバトルスーツになる、というところで一斉に歓声をあげたよな、たしか。でもこのオープニング曲だけは気に入って、テレビのスピーカーにマイクあててカセットテープに録音したのはもう何年、いや何十年前の話だ?

 まさに「遠い日に置き去りにしてきた」エピソードだ……。

 最近、なぜか「やりきれない思い出」を、今になって非常に悔やむようになった。
 時間が戻るわけではないのに、何か忘れた物を取り返しに行きたくなる衝動……。心理学の先生がそばにいたら、「それはね……」と一言、言わずにはおられないくらい、他愛も無く、またありきたりの人間が普通に考えることなんだろうと思う。

 たしかにその場に戻れるわけではないし、過去を振り返って悔やむという行為は、人間として後ろ向きすぎるのかもしれない。
 
 ただ、今あるデジタル技術を使って、「こんなことがやりたかったのに、昔はできなかったんだよなあ!」というものは、やはり意地になっても取り返すべきではなかろうか??

 初音ミクの登場は、思わず作った本人が赤面してしまうような歌詞でも、カクカクと歌ってくれるし、ビデオ編集なんぞは、PCを購入した時点でバンドルソフトがくっ付いて来る時代だ。
 我が高校時代は、現像から上がってきた1巻3分20秒しかない8mmフィルムを、スプライサーで繋いでは切り、虫ピンで表面を引っかいて光線を1コマ1コマ描いたものだ。
 それが今では全てPC上でやれて、しかもDVDに焼いてその場でメンバーに渡せるようになるとは……。あと10年若ければと思う瞬間である。

 だから「昔は大変だったんだよなあ~」と若いモンに向かって話しかけたって、暑苦しくって誰も聞いてはくれないので、ここは一つ、黙って自らの過去に乗り込み、やりたかったことをサルベージして帰還するのみである。

 『失われた伝説(ゆめ)をもとめて』

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 僕の中に一つのファンタジーがある。
 それは普段目立たず、地味で、存在感の薄いクラスの一人の女子が、実は夜な夜な公園の電話ボックスから地下の秘密基地に入り、黒のレオタードに身を包んで戦闘訓練を受けている……。
 秘密基地にはどこからともなく誘拐、あるいは自ら迷い込んできた同じような女子たちが、黒いレオタードに身を包んで戦闘訓練を受けているのである。

 彼女達は、決して日常生活では主役にはなりえない、そんな役回りを運命付けられてしまっているような女性たちなのだ。
 しかし、この秘密組織の中では、各自個性に合わせた重要な役割を与えられ、それを組織に還元すべく、日々自らを鍛え上げているのだ……。

 そんな秘密組織における彼女達の「ウラの日常」を、今のデジタル技術・表現を使って、様々なアウトプットを出してみたいと考えている。
 これは自分が高校時代、ただひたすら自分を女性に置き換えて、さんざっぱら考えていたものである。僕は絵を書くのが苦手、というより才能がなかったので、ひたすらストーリーを練り続けた。

 人生で貴重な10代後半を、全く面白くも無い男子校で無為に過ごすはめになったことの恨みが、どっぷりと今でも重くのしかかっている。
 その重い枷を外すには、これを取り返しに行くことでしかできないのではないか?そんな風に考えるようになった。

 自ら失ってしまった伝説(ゆめ)とは、いったいなんだったのか?17歳の自分に向かって、「ちょっと遅くなったけど、いい時代になったもんだぜ~」と、言ってやれるものを作りたい。

 自分の中でぽっかりと開いてしまって、決して埋めることの出来なかったパーツ……。
 まだぼんやりとしか見えていないけど、きっとこの先には、不敵な笑みを浮かべた女戦闘員達が出迎えてくれるに違いあるまい……。
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by sukekiyo2008 | 2008-09-19 02:37 | 企画と制作 | Comments(4)

さて、コミケを目標に始めてみますか

 イチデジを買ってコミケに行ったとき、久しぶりに自分の中の何かが動いた気がした。

 ずっとずっと、きっと心の中にあったんだろうけど、傷つくことをどこかで恐れ、気持ちが引きこもっていたがために、5年以上も封印していたものだと思う。

 コミケの混雑を「人込み」「人ゴミ」と感じてしまえばそれまでだ。
 でもあのエネルギーはなんだ?なぜ、この日のために、みんな命を削ってまで、自分たちのクリエイティブを世間に知ってもらおうとするのだろうか……。
 このエネルギーはまさに「生命力」。とても元気な気分になりながら、ビッグサイトを後にした。

 正直、自分の中で枷をはめていた。
 「やらないのか、できないのか?」
 昔、俳優の岩城洸一がそう言って自分のスタッフを怒鳴っていたのをテレビで見たことがある。
 
 「やらないのか、できないのか?」
 
 「できない」理由はいくらでもある。
 でも、ここぞという知恵が働く瞬間でもある。その突破口を見つけることは、快感に等しい。
 問題は「やらない」理由だ。

 結局のところ「自分が損するから」という結論からしか、この理由を正当化するものが見つからない。
 逆を考えれば、「何もやらないことが得」となるのか?
 いや、それは違うだろう。

 自分の中でやらない理由とは、一体なんだ?

 しかし最近、“どう生きるか”という観点から人生を考えると、まったく行き先がわからなくなるのだが、“どう死ぬか”というポイントから人生を考えて行くと、どんな小さなことでも、やりたいことがはっきりとしてくるということが、このトシにして初めて気がついたのである。バカである。

 このとき初めて「やらない理由はない」という結論に達した。

 「世に無い物は、結局自分で作るしかない」と始めたコンテンツ……。
 後にそこに集い、リアルで親しくなった人たちに聞けば、みんな「あれがあって幸せだった」と言ってくれた。
 そう、自分が生み出したものが、見ず知らずの人を、どこかで幸せな気分にさせていたんだ。
 
 今一度、昔やったものを引っ張り出してみよう。
 でも今度は、そこに集ってくれた人たちと、楽しみを共有しながら作ってみよう……。
 そう思った瞬間、アイディアが湯水の如く湧き出てきた。

 冬コミ、どうか当選しますように……。
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by sukekiyo2008 | 2008-09-06 02:55 | 企画と制作 | Comments(2)